【東日本大震災から10年】あの日を思い出す。『忘れないこと。考え続けること。前進すること。』

【構造・耐震性】の秘訣

3月11日。

東日本大震災から10年が経った。

あの頃から今日までどう生きてきたのだろうか。

これからどう生きていくのだろうか。

心に標を持ち続けるために

あの日、あの頃を思い出してみようと思う。

地震が起きた2011年3月11日14:46頃、僕は新潟市にいた。

勤めていた店舗は全面ガラス張りで、そのガラスが大きくたわみ「これはやばい!」と外へ飛び出した。

揺れが収まってからも動揺が止まらなかった。

仕事は中断。店のテレビで皆で震災の中継を見ていた。

その日の夜、部屋の電気を消しながら見た千葉のコンビナート火災の映像は今も忘れられない。

 

 

僕は2011年3月末で退職する予定だった。

会社を辞め準備を経た後、世界一周の旅に出る計画を立てていた。

しかし、震災が起き建て主様の現場が止まった。

外壁や断熱材を始め様々な建材が届かなくなった。

引き渡しの目途も立たなかった。

 

僕は事が落ち着くまで退職を延期した。

混乱はあったがお客様の家は完成し僕は2011年6月末に退職した。

 

震災発生から退職まで考えていたことは

「ボランティア活動に参加したい。」

ずっと現地でなにかの役に立ちたかった。

 

 

2011年6月に福島県新地町に3日間、柏崎市が主催したボランティアに参加した。

震災発生から3ヵ月が経っていたが惨状が広がっていた。

津波により泥まみれになってしまった家の清掃を手伝わせて頂いた。

そんな家があたり一面。

もっと海に近い家は跡形もない。

「途方もなさ」を感じた。

 

ボランティア活動により家はほんの少しだけ綺麗になった。

たった数日、微力でしかない。

しかし、その家の方が最後に言われた

「ありがとうございました。」

「皆さんのお陰で生きる気力が湧きました。」

という言葉。

衝撃的で忘れられない。

微力は無力とは違う。

上手く表現できないが、本当に大切なものを学ばせて頂いた。

 

 


「世界の幸せ直送便」。

 

 

 

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7-8月は宮城県石巻に1ヶ月半、震災ボランティアとして活動した。

この目に、体に、心に、この災害の記憶を留めておきたかった。

参加先は影響を受けていた高橋歩さん主催のNPO「On the Road」。

ガレキ撤去、土砂撤去、引越しサポート、鎮魂祭、、、

自前のテントに寝泊まりしながら多くの活動に参加した。

相方や妹も呼び数日間だが一緒に活動した。

 

僕が与えられたのは本当に少し。微力も微力。

対して、僕が受け取ったものは計り知れない。

ボランティアの本質を知る大切な体験になった。

 

 


「世界の幸せ直送便」。

 

 

 

On the Road。

参加した一人一人が独立した個人だった。

誰に言われたからでもなく「自分の意思」でそこに立っていた。

一人一人がこれから叶える具体的な夢を持っていた。

「俺もやってやろう」と奮い立った。

今もあの時仲間と燃やした心の炎は燃え続けている。

 

石巻でも、与えるより遥かに多くを受け取っていた。

ボランティアとは「与えに行く」のではなく「受け取りに行く」ものなのかもしれない。

 

 


「世界の幸せ直送便」。

 

 

 

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僕の実家は新潟県柏崎市。

2007年に中越沖地震を被災し、実家は半壊、相方の実家は全壊。

ライフラインが止まり日常生活が困難になったとき

「自衛隊の方にすごく助けられた」と妹が言ってた。

ボランティアに参加したいと思った根底には

「辛い経験をしたこと」

「その時に受けた恩がありがたかったこと」

が大きく影響していたのかもしれない。

「辛い思い」は「助ける想い」の種になっている。

誰かを助けることが、その先の誰かが助かることにつながる。

巡り巡ってみんな助けられている。

恩の循環が幸せの循環をつくっている。

 

 

 

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あの頃から10年。

とても濃い10年だったが、振り返るとあっという間に感じる。

 

「まだ10年しか経っていないのか。」

「もう10年も経ったのか。」

「僕らはなにか変われただろうか。」

 

変われていないところもある。

しかし、小さくとも少しずつ変わってきていることもある。

 

大切なのは「忘れないこと。」

忘れないためにその時に強く噛みしめること。

 

そして

「考えながら前へ進み続けること。」

進んだ先で失敗しても良い。間違っても良い。

やり直せば良い。

 

 

日本は災害の多い国。

先の戦争で大きな傷も負った。

『たくさんやり直してきた。』

これが日本の財産なのかもしれない。

 

自分に出来ることを精一杯行う。

先代から頂いたものを大切に育み次の世代へ。

間違っても良い。失敗しても良い。

心を燃やして何度でもやり直そう。

 

 

-「超高断熱の小さな木の家」escnel design-

 

 

 

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