エッセイ。「感謝の機会の作り方。」

いなか日記・エッセイ

GW中、庭先でカップラーメンを食べながらふと、

「感謝の機会の作り方。」

という言葉が頭に浮かんだ。

今、「感謝する機会、される機会を積極的に作り出すこと」が求められているのではないだろうか。

僕はここ数年、

「幸福感」を感じる大きなポイントは

「感謝すること」「感謝されること」

ではないかと考えている。

というのは、

建て主様からエスネルデザインを選んで頂くことがとても嬉しい。
(感謝する幸せ)

建て主様から「ありがとうございます。」と言って頂けることがとても嬉しい。
(感謝される幸せ)

ということを、独立してからより一層感じるようになったから。

そんなことを思い起こしながらふと、

「今、感謝する機会・される機会が減ってきているのではないか。」

ということが頭に浮かんだ。

子育てをしているといろいろ考える。

「いただきます」を言えない子供(親の教育)など、

便利さ(合理化)の弊害なのかもしれない。

お母さんが作ってくれたご飯には自然と感謝の気持ちが生まれる。

では、インスタントラーメンには?

コンビニ弁当には?

それらを否定するつもりはないけれど、便利なそれらのお陰で、気づかないうちに現代人は感謝する機会と距離が開いてきているのかもしれない。

また、「働くのがつまらない」などは

「分業化」の弊害なのかもしれない。

分業化は効率的かもしれないが、お客様との距離は開いていく。

「感謝される機会」が少ないことが充実感(幸せ)を減らしているのかもしれない。

家づくりに関しても当てはまることがある。

「住まわれる方」「作る人」の距離がどんどん開いているのかもしれない。

昔は家は町の工務店に家を頼むことが多かった。

職人さんとの距離が近かった。

今は、家を建てる打合せ(営業マンや設計士)には時間を使っているかもしれないが、いざ現場では、職人さんとの距離は昔よりも遠くなっているのかもしれない。

大工さん、職人さんは下請けの場合が多いから。
(元請の会社には大工さんはいないことも多々)

それはとてもさみしいこと。

それは「感謝する機会」が減るから。
(=幸せを感じる機会が減る)

住まい手にとっても、作り手にとっても。

僕はその距離を縮めたい。

僕は、施工は大工さんのいる工務店さんに直で受けてもらうことを勧めている。

設計者と施工者は分離してそれぞれプロフェッショナルに頼むという考え方。

そのほうが良いものができるし、シンプルにみんな楽しい♪

大工さんにとってだけでなく、建て主様にとっても大きなメリットがある。

「作り手の想いのこもった良い家が出来ること。」

想いがこもれば、クギ一本の打ち方、防水テープ一枚の貼り方から変わる。

そして、工務店さんと長く良い付き合いが出来る。

作り手へ感謝する機会をつくる。

昔は、自然とその機会は設けられていた。

今は便利になったこと、効率化の弊害として、その機会は少なくなりつつある。

だから、意識してその機会を作っていかなければならない。

そうすることで、感謝の気持ちを育てる。

その姿を次世代にも見せていきたい。

僕は家づくりだけでなく、鋳物の表札や手すき和紙など、造り手の方がモノを作られる工程を見て、

「モノが作られる現場や人を見ることで、モノへの愛着がより育てられる」

ということを強く感じた。

家もそうであってもらいたい。

愛着のある家で感謝(幸せ)で満たされながら暮らしてもらいたい。

家を長寿命化する工夫はいろいろあれど、家を生かす最終的な決め手は「住まい手の想い」だから。

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